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青柳博文監督(高崎健康福祉大高崎)の経歴や野球指導法は?年齢も調査!

出典:日刊スポーツ

 

みなさまこんにちは!

今回は、センバツ出場校である関東代表・高崎健康福祉大高崎高校(以下、健大高崎高校)

の監督である、青柳博文監督について調べました。

 

「機動破壊」で知られる青柳監督の野球指導法について特に詳しく書いています!

 

経歴や、年齢などのプロフィールも、

 

しっかり調査しましたので、ぜひごらんください!

青柳博文監督(高崎健康福祉大高崎)の経歴について

出典:日刊スポーツ

 

まずは気になる青柳博文監督の経歴についてです!

青柳博文監督は健大高崎と同じ群馬県にある、前橋商業高校の出身です。

 

前橋商業高校は、2020年現在で甲子園春3回、夏5回出場の強豪校として知られていますが、

 

その前橋商業で、青柳監督は高校3年の春のセンバツに出場を果たしました!!

 

このときの前橋商業は、センバツ初出場ということで、学校としても初の快挙に沸いたことでしょう。

 

残念ながら、前橋商業は1回戦で新田高校に「1-9」の大敗を喫してしまいますが、

 

この試合で青柳監督は、4番ファーストとして出場しました。

 

当時の資料によれば、「186㎝78㎏」という堂々とした体格で、「右投左打」の青柳監督。

 

高校通算25本塁打を放った長距離打者として、知られた存在だったそうです!

 

高校卒業後は東北福祉大学へ進学しました。

東北福祉大は、仙台六大学野球連盟に所属する東北地方で最も実績のある硬式野球部です。

 

ちなみに、OBには、

佐々木主浩 (横浜ベイスターズ→シアトル・マリナーズ)

矢野燿大 (中日ドラゴンズ→阪神タイガース)

金本知憲(広島東洋カープ→阪神タイガース)

斎藤隆(横浜ベイスターズ→ロサンゼルス・ドジャース)

和田一浩(西武ライオンズ →中日ドラゴンズ)

をはじめ、そうそうたる面々がそろっています。

 

青柳監督は、名門・東北福祉大で同期の和田一浩とともに活躍。

3学年上には、金本知憲もおり、共にプレーしています。

 

 

通常の野球指導者は、大学卒業後すぐに教員として、公立か私立の高校に着任します。

 

しかし、青柳監督は、大学卒業後、教員になることはなく、

 

一般企業に就職しました!

 

 

おそらく、これまでの経歴や選手としての特徴から考えて、自分が指導者向きとは考えなかったのでしょうね。

 

高校野球指導者になる人には、いくつかの傾向があります。

 

守備や走塁などが得意でチーム戦術をよく理解した選手

高校時代からキャプテンなどを任されるリーダーシップを発揮するタイプの選手

 

これらが学生野球の指導者を選びやすいのですが、

 

青柳監督は、「スラッガータイプ」。

 

実はホームランバッターが指導者になることは珍しいです。

一般にスラッガータイプの選手は自分独自のこだわりが強かったり、

 

チームプレーにあまり関わらないことが多く、

 

チームプレーを子ども達に教えていくことが求められる指導者向きとは、あまりいわれないのです。

 

そういうことが原因かは分かりませんが、青柳監督は大学卒業後、

 

日産自動車の関連企業に就職。

 

その後は7年間にわたって、企業の軟式野球チームや硬式野球のクラブチームに所属して、

 

プレーヤーとして活躍していました。

 

そんな、青柳監督に転機が訪れます!

 

30歳の時に高校の恩師から、

 

群馬女子短期大学附属高校(現・健大高崎高校)が今の校名に変えて野球部を作るから、

福祉の免許を持った人材を探している

 

と声が掛かります。

 

当時、教員免許を持っていなかった青柳監督でしたが、

 

通信教育での教員免許取得を条件に転職。

3年掛けて教員免許の取得に成功しました!

 

ここから、青柳監督の輝かしい監督生活がスタートしていきます!

 

まさに人生の転機はどこに転がっているか分かりませんね!!

 

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青柳博文監督の年齢やプロフィール

出典:sankei.com

 

さて、これまで青柳博文監督の健大高崎高校監督就任までの経歴を見てきましたが、

次はプロフィールです。

名前:青柳博文 (あおやぎ ひろふみ)

 

生年月日:1972年6月1日生まれ

 

投打:右投左打

 

位置:一塁手

 

身長:188cm

 

体重:100㎏

 

出身地:群馬県

 

出身高校:前橋商業高等学校

 

出身大学:東北福祉大学

 

社会人経験:日産系部品工場(軟式野球)→建設会社(硬式クラブチーム)

 

教科:社会科

 

 

青柳監督は、1972年6月1日生まれです。

 

ということは、2020年3月のセンバツの時点で47歳ですね!

188㎝100㎏と高校監督としてはとても体が大きい部類に入ります。

 

現役時代よりも身長が2センチ伸びているのは、少しだけ気になりますね!

 

健大高崎高校の監督に就任したのは、2002年。

当時、女子校から校名変更したばかりで、13人の部員で最初の夏を戦いました。

 

しかし、結果は初戦で0-12の大敗、

 

当時の青柳監督は、思うようなチームが作れないばかりか、

 

選手との信頼関係を上手く築くことができず、夜中に一人涙を流してしまうこともあったということです。

 

専用グラウンドもなく、練習はテニスコートを使う。部室もなく、ジャージーで練習。

週1回は球場を借りたが、普段はティー打撃やキャッチボールするのが精いっぱい。

 

今は強豪である健大高崎高校も最初は設備が揃わず、青柳監督も苦労なされました。

 

しかし、徐々に選手が集まるようになり、成績が上向くようになると、

2007年には、雑木林を切り開いて作られた、専用グラウンドが完成!

野球部の寮も完成し、全国から選手が集まるようになってきました。

 

そして2011年夏、強豪・高崎商業を「10-6」で下し、

 

甲子園初出場!!

 

なんと初出場にして、初戦で甲子園常連の今治西高校(愛媛県)を

 

「7-6」

 

で下し、青柳監督も甲子園初勝利を挙げました!

 

続く、横浜高校戦は敗れましたが、優勝候補筆頭相手に、「5-6」という接戦を演じたことで、

 

健大高崎高校は一躍全国区の強豪として認知され、青柳監督も有名監督となりました。

 

続く、2012年のセンバツでは、

 

2回戦  ◯ 9-3 天理
3回戦  ◯ 3-1 神村学園
準々決勝  ◯ 9-1 鳴門
準決勝  ● 1-3 大阪桐蔭

のベスト4!!

 

その後も、健大高崎高校を春夏通じて3回の全国ベスト8進出に導き、

 

甲子園の常連校の監督として、高い知名度を獲得するに至りました!

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青柳博文監督の野球指導法とは?

出典:日刊スポーツ

 

最後は、青柳博文監督の指導法です。

 

これを読んでくださっている高校野球ファンのかたは、もうピンときているのではないでしょうか?

 

健大高崎高校=「機動破壊

 

ですから、

 

青柳監督=機動破壊

 

と思われるかたは多いと思います。

 

でもこれは、当たりのようで、ハズレです。

 

というのも、前の見出しで青柳監督は「スラッガータイプ」と書きましたが、

 

青柳監督も、本来、長距離打者を育成して打力で勝ち上がっていく野球を目指していたのです。

 

しかし、2010年県大会。準々決勝まで猛打が爆発して勝ち上がった健大高崎高校でしたが、

 

準決勝で前橋工業高校に「0-1」で競り負けてしまいます。

 

このとき、打力がどれだけあるチームでも、すべての試合で打線を爆発させることはできないことを、

苦い経験から学んだ青柳監督は、他のかたちの「勝てる野球」を目指しました。

 

そこで取り入れたのが、当時のコーチ・葛原毅の父である、葛原美峰(愛知県・杜若高校元監督)氏の提唱する、

 

「機動破壊」

 

でした。

2010年の県大会で痛恨の敗戦を喫した青柳監督は、

当時、Bチームの担当で走塁を重要視していた葛原毅コーチに

 

「Aチームに走塁を指導してくれ」。

 

と頼み込み、そこから健大高崎高校は機動破壊をテーマとする走塁のチームに生まれ変わったのです。

 

誰よりバッティングに強いこだわりがあり、長距離打者として成功した青柳監督が、

 

走塁のチームを作ると決意したことに青柳監督の指導法の本質があります。

 

2005年から部長をつとめる生方啓介氏は、青柳監督のことを「経営者」と称しています

また、当時のコーチである葛原毅氏は青柳監督のことを「マネジメントのプロ」といいました

 

変なプライドがなく、ないものは他から取り入れる柔軟性のある監督。コーチも任される分、必死に研究するし、コーチ同士も刺激し合える

 

といわれる青柳監督の指導法は、簡単に言えば、

 

素晴らしい力を持ったコーチ陣の力を最大限に引き出すことが指導法だといえます。

 

ですから、甲子園レベルになると多く存在してくる「カリスマ監督」というのとは違って、

 

青柳監督独自の指導法というのはあまり出てきません。

 

おそらく、「機動破壊」の野球で重視される、

 

走塁の引き出しを広げて、スキを突く習慣をつけ、

相手に考えさせて心理的に自分たちのペースに持ち込む。

 

というような高度な野球思想を、選手たちひとりひとりが持てるように、

 

選手に自主性を育む指導。

 

それが青柳監督の野球であり指導法です。

 

そして、葛原毅氏がチームを去った健大高崎高校は今年のセンバツでおそらく、

 

機動破壊ではない野球をすると思います。

 

しかし、対戦するチームは「健大高崎=機動破壊」のイメージでくるでしょうから、

 

それこそが、「心理的に自分のペースに引き込む」、青柳監督にとって思うつぼというわけです。

 

ちなみに、青柳監督は2020年センバツにおけるチームのスローガンを、

 

「スペクタクル・ベースボール」

 

に定めました!!

 

スペクタクルとは、「強烈な印象を与える」という意味がありますが、

 

従来の機動破壊にくわえて、どんな戦略が追加されるのか、現段階では分かりません。

 

このブログを読んでくださっているみなさまは、

来月からのセンバツを見ながら、

 

どのあたりがスペクタクルなのか、見ていただきたいと思います!!

 

 

今回は、健大高崎高校の青柳博文監督を取り上げました。

知れば知るほど謎が深まりますね!!

 

私は今大会・優勝に最も近いのが健大高崎だと考えています。

注目の選手などは次回以降、取り上げますのでお楽しみに!

 

 

 

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